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パルティアは征服の過程

パルティアは征服の過程でヘレニズム文化圏を広範に支配下に納めた。この結果、初期には旺盛なヘレニズム文化の継承者となった。ギリシア語はアラム語と並んで共通語として普及し、パルティア王達はギリシア文化の保護者を名乗った。

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このように初期には各地でギリシャ風の美術、建築が行われたが、その度合いは地域によって大きく異なっている。ヘレニズム文化の中心地となったのはギリシア人の居住が多いバビロニアであり、セレウキアなどの都市はパルティア時代に入ってもなおギリシャ文化の一大中心地であった。

南トルクメニスタン(パルティアナ)でも都市ではギリシア様式の芸術が多数みつかっているが、ギリシア人の絶対人口が少ないこの地域ではヘレニズム文化は極めて限られた都市部に集中していた。パルティアの農村地帯は研究が少ないが、現在知られている限り、パルティアの発祥地ともいえるパルティアナでは、農村部にヘレニズム文化が普及することはなかった。バクトリアなども含め、東方領土では早い段階から現地文化が強く現れはじめ、ヘレニズム文化との折衷様式が普及した。

宗教
ゾロアスター教やミトラ教信仰が盛ん。ミトラ教は帝政ローマにおいて、兵士の間で流行する。

軍事
パルティアは遊牧民が政権中核を構成した国家であり、弓と馬の扱いに秀でていた。そのため軍隊の主力にも軽装騎兵を採用しており、機動力を生かした戦いを得意としていた。軽装騎兵は槍や剣ではなく弓で武装し、一定の距離を保ち矢を放って敵を苦しめた。軽装騎兵を効果的に活用するためパルティアは接近した白兵戦につながる会戦をできるだけ避け、戦闘になっても会戦で決着をつけようとはせずにすぐに退却した。退却するパルティア軍は追撃する敵に逃げながら矢を放ち、その損害に敵が浮き足立ったり高速移動に敵の戦列が対応できずに戦闘隊形が乱れると、取って返して再び攻撃した。こうした戦法は特にパルティア独自のものではなく、スキタイ、匈奴、モンゴル帝国といった遊牧国家の戦争に共通したものであるが、ヨーロッパに古典文明を伝えたローマ帝国が本格的に対峙した遊牧民勢力がパルティアだったため、ヨーロッパ人にとって遊牧民の戦法は、パルティア的なものとして記憶されるようになった。

このようなパルティアの戦い方から逃げながら馬上から振り返りざまに打つ矢のことを「パルティアンショット」(Parthian shot) と呼び、現代では転じて「捨てぜりふ」の意味になった。馬上の弓術は、パルティアの後継政権であるサーサーン朝の皇帝の狩猟図像などに記録されているものを、今日でも見ることができる。

シャープール2世のパルティアンショットによる狩猟図像

歴代の王
アルサケス1世 (前247年 - 前211年)
ティリダテス1世 (前246 - 前211? アルサケス1世との同一人物説や、暗殺してアルサケス1世にとってかわったなどの説がある。)
アルサケス2世 (前211年 - 前191年 かつてはアルタバヌスと呼ばれていた。)
フリアパティウス (前191年 - 前176年)
フラーテス1世 (前176年 - 前171年)
ミトラダテス1世 (前171年 - 前138年)
フラーテス2世 (前138年 - 前127年)
アルタバヌス1世 (前127年 - 前124年)
ミトラダテス2世 (前123年 - 前88年)
ゴタルゼス1世 (前95年 - 前90年)
オロデス1世 (前90年 - 前80年)
名前不詳の王 (前80年)
名前不詳の王 (前80年 - 前70年)
シナトルケス (前77年 - 前70年)
フラーテス3世 (前70年 - 前57年)
ミトラダテス3世 (前57年 - 前54年)
オロデス2世 (前57年 - 前38年)
パコルス1世 (前39年 - 前38年)
フラーテス4世 (前38年 - 前2年)
ティリダテス2世 (前30年 - 前26年)
フラーテス5世 (前2年 - 4年 フラータケスとも)
ムサ (前2年 - 4年 フラーテス5世の母であり妻)
オロデス3世 (6年)
ヴォノネス1世 (6年 - 12年)
アルタバヌス2世 (10年 - 38年)
ティリダテス3世 (35年 - 36年)
キンナムス (37年)
ヴァルダネス1世 (40年 - 47年)
ゴタルゼス2世 (40年 - 51年)
サナバレス (50年 - 65年)
ヴォノネス2世 (51年)
ヴォロガセス1世 (51年 - 78年)
ヴァルダネス2世 (55年 - 58年)
ヴォロガセス2世 (77年 - 80年)
パコルス2世 (78年 - 105年)
アルタバヌス3世 (80年 - 90年)
ヴォロガセス3世 (105年 - 147年)
オスロエス1世 (109年 - 129年)
パルタマスパテス (116年)
ミトラダテス4世 (129年 - 140年)
名前不詳の王 (140年)
ヴォロガセス4世 (147年 - 191年)
オスロエス2世 (190年)
ヴォロガセス5世 (191年 - 208年)
ヴォロガセス6世 (208年 - 228年)
アルタバヌス4世 (216年 - 224年)

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2009年04月25日 14:29に投稿されたエントリーのページです。

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